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『旅芸人のいた風景』

『旅芸人のいた風景』
沖浦和光(文春新書)

私の住んでいる目黒区では、9月の前半にお祭りが集中しておこなわれる。自由が丘では熊野神社、奥沢では奥沢神社、都立大学では氷川神社のお祭りなどで、普段はみかけないコワそうな男衆が屋台や神輿にあらわれてくる。10年ぐらい前までは、洗足池のお祭りに見世物小屋が建てられて「ヘビを食べる女」やら「おばけ屋敷」などをみることができた。

『日本見世物世紀末』目森一喜(たま出版)によると、洗足池の見世物小屋は大寅興行とのこと。大寅興行は、小沢昭一編集『日本の放浪芸』にも収録されており、女興行主のあざやかな口上に特徴がある。見納めできてラッキーであった。

さて縁日に登場してくるような人たちについて語らせたら、沖浦和光さんの右に出る者はない(二番目に小沢昭一さん)。かつては日本中にさまざまな遊芸民が渡り歩いていたが、現在ではほとんどが消失してしまった。
本書『旅芸人のいた風景』は、1929年生まれの沖浦さんがみてきた遊芸民たちの記憶をしるしとどめたものである。摂津/箕面村での少年時代の箇所から少しひろうと、

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 西国三十三所めぐりの「巡礼」をはじめ、「虚無僧」「六部」「山伏」などの旅姿をよく見かけた。肩に掛けた小さな箱で人形を遣う「夷舞わし」、小猿を連れた「猿まわし」もやってきた。ドサ回りの芝居の一座やサーカスなどの旅芸人も、この道を通った。
 新春には「万歳」「大黒舞」などの祝福芸人がやってきた。「大神楽」の一行も、賑やかな音曲を奏でながら街道筋をやってきた。
 門毎に鈴を鳴らし鉦を叩きながらの門付け、四つ辻で繰り広げられる大道芸、その風変わりな旅装束、携えてきた物珍しい道具や楽器―彼らのそんな姿が、同じ遊びの繰り返しに飽き飽きしていた子どもたちに鮮烈な印象を残したのだ。
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わが国土では中世の頃より〈アルキ筋〉と呼ばれる渡職人・行商人・遊芸民などが歩き回っていた。江戸末期はさぞかし賑やかであったことだろう。ところが明治に入って新政府は“東アジア文明系”から“西洋文明系”に強引に軌道転換をはかる際、「人民ヲ幻惑セシメル」という理由で〈アルキ筋〉を禁圧した。また売薬取締規則で香具師の薬売りを禁止にした。
それでも沖浦さんが少年の頃=昭和のはじめまでは、まだ相当数の〈アルキ筋〉が残っていたのである。そして日本から消滅しつつある〈アルキ筋〉を求めて、沖浦さんはアジア諸国にも旅立たれていてる。

本書まとめに、沖浦さんのお気に入りコースが書かれている。それは大阪新世界のジャンジャン横町を通り抜けて飛田新地に至る1キロの道を歩くもので、中心は浪速クラブの大衆演劇だ。少しピックアップすると、

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 このようにして消えていった旅芸人であるが、その面影を残しているのが、いわゆる「大衆演劇」の芝居集団である。現在でも三十数組の一座が全国を旅して回っている。そのいくつかは第三章で述べた「役者村」の系譜に連なる座であって、九州から出た一座が多いのだが、私はいまでも大贔屓にしている。
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同じく大衆演劇好きの私にとって、大きな後ろ盾を得た気分になる。前ブログが大衆演劇であったので、この一文を抜き書きしたいがために本書を選んだ次第である。




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